スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | page top↑

石ころの眼はやさしい

こころ貧しい人には見えない
そこで泣いてる石の心が見えない
ぼくの知っている盲目の少女にはそれが見え
彼女は石を蹴飛ばしたりしない
持ち帰り並べたりもしないが
泣いている石をなじったりしないのだ

ぼくは石ころではない
石ころではないのだ
闊歩する自慢げな靴底に踏まれて
ただただそこに転がっている

解らない
解らないだろうな君には
嘆きもしないが諦めもせず
君のために生きるぼくじゃないが
誰れのために生きるぼくじゃないが
拾い上げて見てほしいな
ぼくのような石があるから
君のような石もあるから

ぼくは石ころじゃない
石ころじゃないのだ
闊歩する汚れた靴底に踏まれて
ただただそこに転がっている
そうだね 石のように見えるが
それは 誰なんだろうね

それは 誰なんだろうね
09:20 | VERY GOOD !! | comments (2) | page top↑
旧友再会夢かぞえ唄 | top | 靴ひも結んで

コメント

# こんばんは。
詩は情景を興すことが基本にありますが書き手と引き合うような緊張関係にある映像でなければと思います
ぼくの知っている盲目の少女にはそれが見え
彼女は石を蹴飛ばしたりしない
少女は心の眼でやさしくそれらをみまもっているのでしょうか
石は作者でもあり読み手でもあり
それは誰なんでしょうね

この詩を読んでこころに浮かんできた詩がありました
それは北川冬彦 作 「雑草」でした
「石ころの眼はやさしい」はやわらかな感じの書きぶりだと思いました
どうして雑草なのか、人に踏まれたりしていたがいつのまにか人のひざを没するほどにのびている。という連がこころに残っていたんですね
そしておわりの連は豊かな花をどっさり咲かせることだで閉められています




by: t.gray | 2009/07/03 23:54 | URL [編集] | page top↑
# t.grayさんへ
石ころは石ころだと思っている人は石ころでしょうね。
はなしになりませんよ。
盲目の少女にはこころの眼がある。
ジズかに人の話を聞き入れるこころの眼がある。
ただそう思っただけです。
なにもかもイヤになりましたわ。

HOBO
by: Mr.HOBO | 2009/07/05 07:51 | URL [編集] | page top↑

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。